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フルート

中学校での講演を終えて近鉄向島駅まで先生方に車で送ってもらった。
生徒達に伝える機会を頂いたことへの感謝を伝えて先生方と別れた。
有人改札口で駅員さんにチケットの購入を手伝っていただいた。
それからホームに続く階段に向かった。
この駅は一応の地図が頭に入っている。
毎年前期だけ週一回、この駅の近くの専門学校に通勤しているからだ。
それでも見えていないのだから点字ブロックを利用しながら慎重に歩く。
階段の始めと終わりは白杖で確認する。
踊り場で一旦立ち止って白杖で次の階段を確認した時だった。
「階段です。」
隣から小さな声が聞こえた。
恥ずかしそうに、それでも伝えたいという感じの声だった。
僕はお礼を伝えながら、電車の車内への誘導をお願いした。
目的地までは距離があるので座りたいと思ったからだ。
電車が到着するまでのわずかな時間、僕達は少しだけお互いの自己紹介をした。
彼女は音楽を専攻している大学生だった。
フルートをやっているとのことだった。
フルートが似合いそうな学生さんだなと思った時だった。
「空が真っ青でとても綺麗です。雲一つありません。」
彼女は唐突に僕に空を教えてくれた。
僕達はほんの数十秒、一緒に空を見上げた。
冬枯れの真っ青な空が頭の中で蘇った。
心が晴れ晴れとなっていくのを感じた。
今日中学校に向かう時の電車ではずっと立っていた。
声をかけてもらって誘導してもらった時だけ座れる。
座れる日の方がはるかに少ない。
もう慣れているし特別に辛さを感じるわけでもないが、
ほんの少しだけ、それぞれが参加しやすい社会になればいいのにという思いはある。
そのために活動しているのも事実だ。
こうしてたまにあるささやかな出会いが僕に勇気をくれている。
彼女が吹くフルートの音色を聴いてみたいと思った。
(2020年2月5日)