山男

お昼過ぎ、少し時間があったので、町家カフェさわさわへ立ち寄った。
いつものカレーを食べて、のんびりとした時間を過ごす。
途中、ご主人が網膜剥離という方が、職場のお昼休みを利用してと来店された。
病院に行っても、ほとんど情報がないことを嘆いておられた。
僕の知っている情報や、相談機関を紹介し、いつでもと声をかけておいた。
本人は勿論のこと、目がどんどん不自由になってきた人の家族、
大きな不安の中におられる。
日本の福祉は、自分達が動かないと、
なかなか適切なサービスに辿り着けないのが現状だ。
相談支援の重要性を心から願う。
僕自身も、それによって、見えなくても、僕なりの新しい人生が始まったのだか
ら。
帰り際に、白杖の二人組みの男性が来店された。
趣味の話題になって、そのお一人が、山登りをしておられるのを知った。
少年時代に山と出会い、
青年の頃は、一年の100日くらいを、山で過ごしたこともあるそうだ。
60歳になった今、彼の目は、網膜剥離、緑内障で、もうほとんど見えない。
でも、彼は、見える仲間と一緒に、今も山に向かう。
白い杖を持って、山に向かう。
「岩場などは、はいつくばって登っています。きっと、不細工な格好でしょうね。」
彼が、笑いながら話す言葉は、
堂々としていて、そして穏やかだ。
そっと、人間の価値とか、人生の意味を伝えてくれている。
素敵だなと思う。
そして、さっきの夫婦が、ここにいたら、きっと少し楽になるだろうなと、ふと
思った。いつか、僕も、彼の言う、風が流れる頂上に立ってみたいなと思いなが
ら、
でも、直前になれば、しんどいからやめようと、きっと思うんだろうなと、
恥ずかしさを飲み込んで、店を出た。
(2012年8月10日)