未来への種蒔

今年最後の講演の依頼があった中学校は僕が住んでいる大津市からは行き難い場所に
あった。
京都市内ではあったが、近くには鉄道駅はなかった。
しかも1,2時限目の設定だった。
これは依頼があった時点でほとんどスケジュールが埋まっていたため、ここにしか入
らなかったのだ。
ちなみに、この日の午後は離れた場所での専門学校での授業が入っていた。
中学校に一番近い駅までタクシーで送迎との学校側の提案もあったが、それは恐縮し
てお断りした。
僕は地元のボランティアの人にお願いをした。
彼は数年前に会社を定年退職されていて、こういう時に相談にのってくださる。
いつでもどうぞとおっしゃってくださるが、それに甘えてはいけない。
僕は公共交通機関を乗り継いで単独で動くのを基本としている。
社会の風景の中に白杖がある。
それも大切な僕の活動だと思っている。
今回は場所的にも時間的にも難しいと判断してお願いをした。
彼は快く引き受けてくださった。
僕達は地元の駅で6時45分に待ち合わせた。
僕の始発のバスが駅に到着する時間だ。
まだ動き始めたばかりの朝の中を僕達は電車やバスを乗り継いで動いた。
予定の8時に学校に到着した。
ロスタイムなく動けたことで、ボランティアさんもうれしそうだった。
250名ほどの中学一年生が体育館に集まった。
僕はいつものように真っすぐに前を向いて、そして心を込めて語りかけた。
いつでも、どの会場でも、僕の目の前に画像はない。
ただグレー一色の世界が広がっている。
わずかな光さえ感じることはできない。
どれだけの数の人がいても、それはほとんど関係ない。
僕は毎年多くの講演をしているので、とても慣れているのは間違いないだろう。
話すのも上手だと言われることも多い。
でも本当は違う。
たった一度の、しかも限られた時間での出会い、そこでどれだけ伝えられるか、いつ
も真剣勝負だ。
どこかで必死になっている自分がいる。
心を込めて話さないと伝わらない。
僕が毎日一人で動きながら、電車やバスで空席を教えてもらえるのは20回に1回くら
いという現実がある。
19回は、座りたいなと思いながら立っている。
見えないから空席を見つけられないということを意外と社会は気づいてくれない。
この状況を返るには、社会の障害への正しい理解が不可欠だ。
「かわいそう」を超えていかなければいけない。
話を聞いてもらうこと、正しく知ってもらうこと、そして伝えること、それは未来へ
の種蒔なのだ。
今年お招き頂いた学校、小学校12校、中学校16校、高校5校、専門学校5校、大学5
校だった。
お招きくださった関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
僕達の現実と向かい合えば、まだまだ続けなければいけない。
ライフワークなのかもしれない。
見える人も見えない人も見えにくい人も、皆が笑顔で参加できる社会、きっと未来は
そうなっていく。
そう信じて、種蒔を続けるのだ。
小さな僕にできる小さなこと、それでいい。
(2025年12月16日)