僕は鹿児島県阿久根市で生まれ育った。
中学校までは阿久根市、高校は隣の薩摩川内市にある川内高校だった。
18歳まで南の国で過ごしたということになる。
九州鹿児島だと雪は降らないと思っている人がいるがそんなことはない。
年に数回だったが降っていた。
積もることはほとんどなかったが、これも0ではない。
雪だるまを作った思い出もある。
南の国で育った少年は青春時代を京都で過ごしたが、雪が降るといつも胸がワクワク
した。
そのワクワク感はおじさんになっても同じだった。
そして今、ちょっとおじいさんになってきたが、やっぱり雪に出会うとワクワクして
しまう。
大寒波がくると天気予報は数日前から伝えていた。
僕は出かける予定の用事をキャンセルした。
そしてこの数日、朝目覚めると、まず外に出た。
見えるのだったら、朝一番にカーテンを開けて外を見たのだと思う。
僕にはそれはできない。
外に出て、足の裏で地面を確認し、念のためにかがんで指先でも触れて確認した。
雪はなかった。
ちょっとがっかりしながら部屋に戻った。
朝のコーヒーを飲みながらふと思った。
もし一度も雪を見たことがなかったとしたら、ここまでワクワクはしなかったのかも
しれない。
少年時代の一年に数度あるかないかの体験、それが基本にあるのだ。
空から舞い降りてくる雪、辺り一面を真っ白に変える雪、そして消えていく雪。
その美しさを知っているからこその胸の高鳴りなのだと思う。
いつか見えなくなる日がくるとしたら、見た経験があるのとないのとどちらがいいの
だろう。
いつか聞こえない日がくるとしたら、聞いた経験があるのとないのとどちらがいいの
だろう。
安直な答えを出そうとは思わない。
ただ、雪を待つ時の僕の心は、少年時代と同じように幸せだと思う。
(2026年1月12日)