予感

地元の視覚障害者施設での打ち合わせを終えて、
桂駅に着いたのは昼過ぎだった。
駅へ向かうコンコースを歩いていたら、
「松永さーん、こんにちは!」
ももちゃんの声だった。
彼女と初めて会ったのは、彼女が中学生の頃だった。
視覚障害者のイベントに、
ボランティアで参加してくれた。
今は、3歳の子供のお母さん、
あれから15年が流れたのだ。
そして、こうして出会うと声をかけてくれる。
爽やかな笑顔は、中学生の頃から変わらない。
今日も、わざわざ逆戻りして、改札口までサポートしてくれた。
ありがとうカードを受け取って、
「10枚集めたら?」
「ランチでも行こうか。」
僕達は笑顔で別れた。
「今日はいい日になるな。」
そんな予感がした。
ホームで電車を待っていたら、
ご夫婦かなと思えるカップルの男性が、
すかさずサポートしてくださった。
決して慣れているとは言えないサポートだったが、
やさしさが伝わってきた。
烏丸駅で僕を降ろすと、
再び電車に乗り込んでいかれた。
僕は、心をこめて、ありがとうを伝えた。
地下鉄に乗り換えて、階段を降り始めようとしたら、
「今日は時代祭りで人が多いなぁ。大変だなぁ。」とつぶやきながら、
年配の男性が僕に近寄ってきた。
僕はまた、ヒジを借りてホームへの階段を降りた。
降りきったところで、
彼は近くにいた女子学生に、
「この人、丸太町までだから、手伝ってあげてね。」と僕を渡した。
女子学生達は、これまた気持ちよく引き受けてくれた。
僕はまた、丸太町駅のホームに降ろしてくれた彼女達にお礼を言った。
改札口を通ろうとしたら、
駅員さんが追いかけてきた。
「時代祭りで人が多いから、バス停までご一緒しましょうか?」
僕は、頭を下げながら、
「何とかなると思います。ありがとうございます。」
と返事して歩き出した。
辿り着いた丸太町のバス停付近はすごい人だった。
人波の中に、祭囃子が響いていた。
僕は一瞬、駅員さんのサポートを受けるべきだったと後悔した。
でも、結局、隣の男性が、
バスの接近を教えてくださって、
近くにいた係員が瞬時に僕を手引きしてバスに乗車させてくださった。
「階段がふたつ、まっすぐ前の座席が空いています。」
見事なプロのサポートだった。
今日の午後は、町家カフェさわさわで、新聞の取材だった。
僕は上機嫌で記者に話をし、カメラマンのカメラに笑った。
取材を終え、もう一箇所での打ち合わせを終えて、桂に向かった。
桂駅に着いて歩き始めたら、
また、「松永さーん!」
何度かバスで一緒になった方だった。
バス停まで歩きながら、
僕は幸せを感じていた。
バス停に着いて、
バスを待っている間、子供の声がした。
いつか行った小学校の児童だった。
僕は握手をして、
今日7枚目のありがとうカードを渡した。
彼女は、笑顔でおじぎをして、
ありがとうございますと言って立ち去った。
バスを待ちながら、
僕はふと、先日訪れた鹿児島県の小学校の児童の質問を思い出した。
「目が見えなくて、一人で歩いていて、
強盗にあいませんか?」
僕は答えた。
「テレビのニュースでは、こわい人がいるって言うよね。
それも本当かもしれない。
でもね、やさしい人の方が、はるかに多いんだよ。
僕が見えなくなって、一人で歩くようになって16年、
まだ一度も強盗には出会っていないよ。
助けてくれた人には、もう2万人以上出会ったよ。」
僕が見えている頃、こんなにやさしい人がいるとは思わなかった。
でも、事実なのだ。
僕はこの事実を、未来を担う子供達に伝えていかなければと思っている。
それにしても、今朝の予感、ばっちりでした。
(2013年10月22日)