朝起きていつものようにコーヒーを入れた。
それからスマホのアップルミュージックに話しかけた。
「ユーミンを聞きたい。」
言い終わるとすぐに曲が流れ始めた。
コーヒーの香りを朝寝坊の脳に届けながら友人達からのメールを読み始めた。
新居のワイファイがまだ工事が終わっていないのでほとんど読むことしかできない状
況だ。
昨日のzoom会議もスマホでパソコンをつないで実施したが電波が不安定で音声がうま
く届かなくて大変だった。
幸い慣れたメンバーだったのでごめんなさいと言いつつ無事終了できた。
今朝届いたメールも読むだけなのだがなんとか対応できた。
そのひとつを読みながらコーヒーカップを持つ手が止まった。
奈良県で白杖を持った全盲の女性が電車に接触して亡くなられたというニュース記事
だった。
防犯カメラには踏切の遮断機の内側と外側を勘違いしたような動きが映っていたらし
い。
引っ越してきて間もなかったという最後の文字が僕の胸を鷲掴みにした。
脳が一気に覚醒していくのを感じた。
ニュースを届けてくれたのは長い付き合いの全盲の友人だった。
彼が僕に届けようとしたのは戒めなのかもしれない。
しっかりと受け止めて行動していきたい。
こんな事故がもう起きませんようにと強く思った。
(2022年4月26日)
ニュース
出勤
新しいルートでの出勤が始まった。
水曜日は四条烏丸の高校、木曜日は午前が向島の専門学校、午後が伏見区の大学だっ
た。
石橋を叩いて渡るという感じだ。
幾度も歩いて頭の中の地図を整理した。
それにしても見えないというのは不便なことだ。
初めてのバスに乗車してつり革を握ろうとして、つり革がないバスだと知った。
いろいろな種類のバスが運行されているのだ。
これまでの私鉄の駅のホームはフラットだったが、JRの駅のホームはガタガタで柱も
立っていてとても歩きにくい。
歴史があるという裏返しなのだろう。
朝の京都駅のラッシュもすごかった。
京都では横断歩道に点字ブロックが敷設されているのは当たり前だったが、新しい地
域ではそうではない。
それでもこの二日間だけでも大きな発見があった。
胸ポケットのありがとうカードが10枚以上消えたのだ。
途中で足りなくなったりもした。
つまり、あちこちでサポートしてくださったのだ。
困難、そこに向かう僕の姿はヨロヨロ、オドオドだったに違いない。
見てはおられない姿だったのかもしれない。
それに気づいた人たちが支えてくださったのだ。
あちこちに「ありがとう」の言葉を振りまいた二日間だった。
帰宅してどっと疲れている自分に気づいた。
そして幸せな気持ちになっている自分に気づいた。
どこに行ってもやさしい人達がいるのだ。
感謝して暮らしていきたい。
(2022年4月22日)
朝
一杯分が個包装になっているから便利だ。
ハサミで片方を切って粉を陶器のマグカップに入れる。
それから沸かしたてのお湯を注ぐ。
引っ越し祝いにと友人がプレゼントしてくれた真っ赤なティファールだ。
同じお湯のはずなのにちょっとうれしくなる。
いつものイノダコーヒーの香りを嗅ぎながら朝が始まる。
新しい土地での朝、まだまだ慣れてはいない。
清閑な住宅街、幹線道路からも離れているので音は割と静かだ。
小鳥の鳴き声が聞こえる。
比叡山の麓だからたくさんの野鳥達が先輩なのだろう。
敬意を表してお付き合いしていかなくちゃいけない。
白杖で歩きながら少しずつ地域に溶け込んでいければいいな。
「お一人では火は使わないのですよね。」
以前引っ越した時に近所の人から尋ねられたことがあった。
僕が見えないと知って家事を心配されたようだった。
「使いませんから大丈夫です。」
僕は嘘をついた。
安全に気をつけて使いますと答えても意味がないのは分かっていた。
嘘も方便というやつだ。
今回の引っ越しの際にその方も声をかけてくださった。
「淋しくなります。」
心のこもった言葉だった。
どれだけの時間がかかってどれだけの人に伝わるのか、
それは僕にも想像できない。
ただ、僕が生活するということはそういうことなのだろう。
僕のペースで焦らず惑わず暮らしていきたい。
(2022年4月16日)
引っ越し
学生時代から暮らした京都を離れることにした。
40年くらいの団地生活だった。
ここ数年、先輩や仲間とのお別れに接しながら少しずつ考えていった。
京都での生活に不満があるわけでもないし、まだ隠居生活をする気もない。
京都にはあちこちに思い出もたくさんある。
でも、僕に残っている時間がどれだけなのか、それは誰にも分からない。
後悔しない人生を考えた時、すぐに答えが出た。
違う風を感じる街で少年時代のように暮らしたい。
少しの花を育てて、犬や猫を飼って・・・。
琵琶湖の風を感じられる街に小さな家を見つけた。
あちこち手直しすれば暮らすには十分だ。
何よりバス停から近い。
バスと電車を乗り継いで京都市内の学校などにもこれまで通りに通勤できる。
見えない人間の引っ越し、一歩一歩頭の中に地図を描いていかなければいけない。
気の遠くなる作業だしとても大変なことだ。
でも今なら、それに対応する体力と気力がまだ残っている。
決心した。
京都で出会った皆様、支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。
残りの人生、いやこれからの人生、頑張って生きていきます。
(2022年4月9日)
新しいリュックサック
見えなくなってから外出時はリュックサックを使用するようになった。
右手に白杖を持つので左手は自由にしておきたい。
必然性がリュックサックにつながったのだ。
リュックサックにはパソコン、モバイルバッテリー、パソコン用イヤホン、スマホ用
イヤホン、ワイヤレスイヤホン、充電器、名刺ケース、ありがとうカード、ハンコ、
ハンカチ、ティッシュ、予備のマスク、筆記具、仕事用のファイル、お薬、歯磨きセ
ット、予備の白杖いろいろと入っている。
これに飲料水のペットボトル、天気によっては傘が入ることもある。
手触りでいろいろなものを出し入れするので機能性が重要だ。
重量も大きくなるので頑丈さも求められる。
新年度に合わせて新しいリュックサックを買った。
何代目となるのだろうか。
サムソナイト製のアメリカンツーリスターという製品、大きさは30リットルだ。
いろいろなものをあちこちのポケットに入れては出して使いやすさを考える。
使う前から幾度も背負ってワクワクしている。
子供みたいだとちょっと恥ずかしい気持ちにもなる。
それでもやっぱりうれしい。
リュックサックが好きなのかもしれない。
とにかく、また新しいリュックサックを背負って社会に出よう。
新年度、スタートだ。
(2022年4月3日)
静かな桜
バス停に向かう僕に彼女はさりげなく声をかけてくださった。
僕は彼女の肘を持たせてもらって歩いた。
バス停に着いてから彼女は僕の名前を呼ぼうとされた。
「まつ・・・。」
「はい、松永と申します。どこかでお会いしましたか?」
僕が書いていた新聞のコラムを愛読してくださっていたとのことだった。
もう10年以上前の話だ。
そんなことを憶えていてくださったのを素直に光栄だと感じた。
感謝を伝えた僕に彼女は近日中に行く花見の予定を話してくださった。
一緒に行く友人は聴覚障害の方とのことだった。
友達になってから手話を憶えたので大変とおっしゃった。
「憶える数より忘れる数が多くてね。」
それでも彼女の声からは喜びが伝わってきた。
僕は音のない桜の風景を想像した。
桜の下で二人のご婦人が笑っている。
とびきりの笑顔で笑っている。
想像しただけで僕もうれしくなった。
(2022年3月28日)
桜餅
雪が散らついたと天気予報士が開設していた。
いつか見た風景を思い出した。
咲きだした桜の枝に雪がうっすらと積もっている。
そして新しい雪が静かに舞っている。
ピンク色と白色がとても美しい。
見えなくなってからの風景だから実際には見てはいないはずだ。
それなのにまるで一枚の写真のように記憶に残っている。
こういう写真が時々思い出される。
自分でも不思議に思う。
それぞれの写真に共通するのは幸福感だ。
幸せな気持ちが記憶の中で化学変化して写真になっているのだろう。
忘れたくないという深層心理なのかもしれない。
大切な一枚を静かに見つめる。
熱いお茶を飲みながら桜餅を食べたくなった。
(2022年3月23日)
花
駅のロータリーにあるモクレンは満開だった。
そこに続く歩道では沈丁花が香りの道を演出していた。
バスで帰ってきて道沿いの桜のつぼみを触ると少し膨らんでいた。
それぞれの花のやさしさが心に染みた。
染入った。
その染入り方がいつもの春とは違うことに気づいた。
染入るほどに悲しみが増していくのだ。
抵抗できない悲しみが広がっていくのだ。
ふと空を見上げる。
この星で今も戦争がある。
たくさんの命が消えていっている。
勝とうが負けようが命は失われていく。
敵であろうが見方であろうが命が消えていく。
銃を握っている人達が誰かを殺すことを夢見て生きてきたとは思えない。
白杖の人は戦うことは難しい。
がれきの中を逃げるなんて無理だ。
そこから先は考えない。
無力の自分が悲しくなるだけだ。
一面の花の中を歩きたい。
いつもの穏やかな春が恋しい。
(2022年3月18日)
アルバム
この春はいろいろな事情で整理整頓の日々となっている。
押し入れの奥に眠っていた宝物と時々出会う。
なんでもなかったものが歳月を経て宝物に代わっていることに気づく。
今日はダンボール箱の隅っこにあった卒業アルバムを見つけた。
阿久根小学校、阿久根中学校、川内高校のものだ。
小学校の時のものが一番小さくて薄い。
その次が中学校、高校の順番だ。
大学時代のは残っていない。
そもそも卒業アルバムみたいなものがあったのかさえ記憶にない。
小学校や中学校のアルバムを手にとると近所の幼馴染や同級生の顔が蘇る。
ただその数は少ないし写真もセピア色だ。
高校になると思い出の写真は一気に増える。
一緒に遊んだ友人達の顔が活き活きと蘇る。
笑い声までが聞こえてくるような気になる。
自分の顔、ラグビー部のジャージ姿まで鮮やかに蘇る。
そしてふと気づく。
もうこの世を去った先生方、友人が何人もいる。
アルバムの表紙をそっと撫でる。
理屈で言えば、もう見ることのない僕には意味のないものなのかもしれない。
そんなことは分かっている。
でも捨てるなんてできない。
またそっとダンボール箱に戻す。
ため息の後、閉じた瞳をそっと開けてみる。
(2022年3月14日)
春の光
光は見えないのに分かる時がある。
何故だか分からない。
でもなんとなく分かるのだ。
百発百中というわけにはいかないけれど、春の光は特に分かりやすい。
夏のように強いわけでもないし冬のようにぬくもりがあるわけでもない。
それでも降り注いでいるのが分かる。
キラキラと輝きながら降り注いでいる。
そよ風がとてもよく似合う。
桜達がはしゃぎ始めるのも納得できるような気になる。
(2022年3月9日)