バリアフリー映画

聴覚障害者のために字幕が入り、
視覚障害者のために、状況説明が副音声として流れる。
見えなくなって、映画をあきらめていた僕に、
再び、映画を見る楽しみがもどった。
バリアフリー映画、最近は毎月のようにどこかで上映されていて、
僕も時間が合えばいきたいと思っているのだが、
なかなかタイミングが合わない。
年に数本がやっとだ。
バリアフリー映画で味をしめた僕は、
普通の映画にも足を運ぶことも出てきた。
映画って、やっぱりいい。
今日のボランティア講座での雑談の中で、
バリアフリー映画の話題になった。
副音声を聞きながら、
画面を想像すると知った彼女は、
「自由に想像できるからいいですね。」と笑った。
彼女は、インドから留学してきている高校生だ。
そんな風に思えるのは、
彼女の大陸的な感じ方なのか、
高校生という柔らかな年頃のせいなのか、
僕には判らない。
でも、そんなことを会話できることが、
本来のバリアフリーなのだろう。
いろいろな国のいろいろな民族と、
いろいろな世代の人と、
コミュニケーションがとれれば、
人生は、きっと楽しくなる。
見えない人とも、聞こえない人とも、
コミュニケーションがとれれば、
人生は、きっと豊かになる。
そして、地球はやさしくなる。
(2013年11月23日)

柿をかじる。
口の中で、柿の味が広がる。
味覚が、眠っていた視覚を刺激する。
柿色が口の中まで広がる。
豊かな色合いだ。
何とも言えない秋の色だ。
いつの間にか夏が終わり、
冬が忍び寄る。
一番いい季節は、
知らぬ間に、枯葉と一緒に消えていくのかな。
人生みたい。
もう一口、柿をかじる。
うまい。
(2013年11月22日)

明日は晴れ

電車から降りて階段を上り、
点字ブロックを探した。
慣れている駅なので、問題はない。
点字ブロックの曲がり角を探して、
その延長線上に突き当たれば、
多目的トイレがある。
でも、少しそれれば、迷子状態になるのだ。
ほんの少しのタイミング、わずか数十センチの判断ミスなのだろうが、
見えないって、そんなものだ。
今日も失敗して、トイレを探してウロウロ動き始めた時、
「何かお探しですか?」
女性の声がした。
彼女は、すぐに、トイレの入り口を教えてくださった。
感謝を伝えながら、ありがとうカードを差し出すと、
「小学生の息子から、話を聞きました。」
彼女は、カードを受け取りながら、うれしそうに答えた。
「息子さんに、ありがとうをお伝えください。」
僕も笑った。
僕の話を聞いてくれた子供達が、
家族に伝えてくれることがよくあるらしい。
僕の思いをしっかりと受け止めて、
風になってくれているのだ。
子供達が、子供達なりに、
見える人も見えない人も、一緒に生きていける社会を思うのだろう。
そして、思いは、力となる。
たった10歳くらいの子供達が、こうして、大人達を動かしているのだ。
凄いなと思いながら、感謝する。
思いは、優しさにも変化する。
今日僕に届いた50通近くのメール、
1通は、小学校5年生の女の子からのものだった。
「今夜は、星がいっぱいできれいです。」
たったそれだけの言葉が、
疲れたオッサンに、笑顔で寄り添う。
心にしみこんでくる。
明日は晴れだな。
(2013年11月19日)

ロクシタンの香水

男性の香水には、少し抵抗があった。
若い頃から、整髪量も使わなかった。
その僕に、香水のプレゼントが届いた。
驚いたことに、
フランス製の香水のボトルの入った箱に、
点字があった。
何となくうれしくて、たまにつけている。
柑橘系のさわやかな香りだ。
ちょっとオシャレだなと、
自分では気にいっていた。
視覚障害者の後輩の男性に、
「松永さん、香水つけてます?」
僕は、ニヤリとしながら、
「結構いい香りだと思うやろ。
フランスのロクシタンっていう香水!」
自慢気に説明した。
後輩がすかさず答えた。
「加齢臭にばっちりですね。
視覚障害者は臭いに敏感ですからね。」
臭いのためじゃなく、香りのつもりだったんだけど。
いろんな感じ方があるんですね、本当にもう!
(2013年11月16日)

先輩

先輩はぼそぼそ話す。
ベーチェット病と戦いながら、
どんどん失われていった視力に不安を感じながら、
何とか定年まで仕事を続けられた。
彼が視覚障害者の団体に入ったのは僕より後で、
団体の中では僕の方が先輩になる。
人生では、彼が先輩だ。
いつも変わらない前向きさと、
誠実な人当たりが魅力だ。
その誠実さが支持されて、いろいろな役員もしておられる。
地域活動も活発で、地元の小学校の子供達に、
視覚障害を正しく理解してもらうための寸劇などにも取り組んでおられるそうだ。
その彼が、小学校に行く時に、
僕の著書「風になってください」を持参し、
学校に寄付しておられる。
毎回、そうしておられる。
実は、こういうことをしてくださっている仲間が何人かおられる。
皆さんがおっしゃるのは、書かれている内容が同じということだ。
同じ経験をしたとか、同じ思いだとか。
僕はその言葉を聞くたびに、心から光栄だと感じる。
活字を使った僕のささやかなメッセージが、
仲間の思いの一部でも伝えることができるとしたら、
それは素晴らしいことだ。
僕は、彼に頼まれた本に、感謝をこめてサインする。
きっと、読んでくれる子供達がいるだろう。
それは、必ず、未来につながる。
僕は、未来につながると口に出す。
先輩はぼそぼそ話すだけで、
そんなことは口には出さない。
でも、出さないから、彼は知っている。
そして、そんな関わり方があることも教えてくれる。
人生の先輩は、やっぱり先輩なのだ。
(2013年11月12日)

見かけ

バス停から桂駅へつながる陸橋で、
老朽化の補修工事が始まった。
点字ブロックも新しく敷設されるとのことで喜んでいる。
でも、工事中は大変だ。
いつもと違う道筋というだけで、エネルギーが要る。
今日も、朝のラッシュ時に通過することになってしまった。
案の定、迷子状態になった。
ウロウロしはじめた僕に、バスを待っていた女性が声をかけてくださった。
そして、陸橋を回避して、エスカレーターまで手引きしてくださった。
彼女のお陰で、無事通過できた。
エスカレーターに乗った僕の背中に、
「お気をつけて。」
朝が似合う彼女の声が届いた。
ギューギュー詰めの電車が河原町駅に着いた。
ホームを歩き始めた僕に、
今度は学生っぽい男性の声がした。
「改札口までご一緒しましょうか?」
僕はすかさず、彼のヒジをつかんだ。
慣れないけれどと言いながら、彼は上手に手引きしてくれた。
階段を上りながら、
「面白い腕時計ですね。」
彼がつぶやいた。
電車の中で、僕が触針の腕時計を触っているのを見ていたとのことだった。
「面白いでしょう。」
僕も笑った。
改札口を出て、通行人の邪魔にならない場所に彼が誘導してくれた。
「ありがとうございました。」
お礼を言う僕に、
彼は「また。」と言ってくれた。
それから僕は、待ち合わせていた友人と小学校の福祉授業に向かった。
10歳の子供達と過ごす時間は、
僕にとっても極上のひとときだ。
「人間の世界にはね、やさしい人がいっぱいいるんだよ。
そういう人達にお手伝いしてもらいながら、僕は毎日生活しているんだ。
数え切れない人が手伝ってくれたけど、僕は誰の顔も知らないんだからね。
不思議だよね。」
未来への種蒔きを終えて、帰路に着いた。
四条河原町の交差点にさしかかったところで、
人波の中から、突然少年に呼び止められた。
「松永さん、小学校の時に話を聞きました。」
彼は17歳になっていた。
特別な用事ではなくて、ただ自然に話しかけたという感じだった。
「頑張ってください。」
彼は気恥ずかしそうに、でもしっかりと僕に話した。
雑踏の音に負けないように、しっかりと話した。
僕は手を差し出した。
握手した彼の手には指輪があった。
彼と別れてから、
僕に同行した友人が驚いたようにつぶやいた。
「人って見かけによりませんね。」
繁華街でたむろしていた少年は、
大人達が眉をひそめるような、いわゆる、不良っぽい格好だったとのことだった。
「見かけは、僕には判らないからね。皆いい人だよね。」
僕は笑った。
(2013年11月8日)

ラジオ

今朝のラジオの番組で、
ヒロ寺平さんというパーソナリティの方が、
今年初旬に出版された僕の著書、
「風になってください2」を紹介してくださった。
その番組を聴いていたリスナーから、
僕にメールで連絡があって、そのことを知った。
僕は、朝からうれしくなった。
ヒロさんは、出版直後に、
やっぱり、番組で紹介してくださった。
有名な番組の有名なパーソナリティの方で、
大きな影響があったと思う。
しかもその内容は、やさしさに溢れていた。
僕は素直にうれしかった。
あれから数ヶ月の時間が流れた。
数え切れないほどの情報と向かい合って仕事をしているヒロさんだから、
まさか、ささやかな僕の本を記憶にとどめてくださっているとは思わなかった。
僕は、出かける前のわずかな時間で、
感謝のメールを書いておくった。
それから残っていたコーヒーを啜って、
服を着替えて出かけようとした時、
ラジオから、さっき僕が送ったメールの朗読が聞こえてきた。
ヒロさんの声だった。
「つながっていますね。」
彼のメッセージが付け加えられた。
僕は目頭が熱くなった。
僕はヒロさんとお会いしたことはない。
たまたま縁があって、
僕の本を読んでくださったというだけなのだ。
2004年に出版した「風になってください」が、
一万冊を超えている。
本を出せたこと自体が、
いろいろな人の思いにささえられたものだったが、
書いた僕自身も含めて、
誰も、こんなに読んでもらえるとは思っていなかった。
たくさんの人達が、
エールを送ってくださった結果なのだ。
それがこうして、2にもつながった。
さわやかな風が吹いている。
静かに、ずっと吹いている。
やさしいやさしい風だ。
そして、風に背中を押されながら、
僕は生きているのだ。
(2013年11月7日)

盲人の勘

近所の道を歩いていたら、
突然人にぶつかった。
何の気配も感じなかった。
僕は、すぐに謝った。
同時に、おじいさんも、
「鼻、かんでたんや。」と振り返って笑った。
僕と同じ進行方向で、立ち止まって、鼻水を拭いておられたのだろう。
僕は、怒られずにすむと、ほっとした。
「あんた、時々見かける人や。ほんまに見えてへんのかいな。
いつも上手に歩いているから、ちょっとは見えてはんのやろ。」
僕は、全然見えていないことを伝えた。
「じゃあな。なんで団地の出口の階段がわかるんや?」
あきらかに、疑いの声だった。
僕は、どう説明しようかと迷ったが、
とっさに、横の壁を白杖で触りながら数歩動いた。
「こうやって歩けば、入り口で杖が中に入るからわかるんですよ。」
「へぇっー、うまいことやるなぁ。」
おじいさんは、感心しながらすぐに納得してくださった。
そして、
「飯食うのは不便ないか?」
と尋ねられた。
僕は、食事の様子を説明した。
それから、買い物はどうするのかと、電話はかけられるのかとの質問が続いた。
僕は、バスの時間が気になっていたが、
きちんと答えた。
そして、ちょっと間が開いた瞬間を狙って、
「これからどこに行かれるのですか?」と逆に質問した。
しばらく沈黙が流れて、
「鼻かんだら、忘れてしもうた。」
おじいさんが笑った。
僕も、笑った。
「おじいさん、時間はあるようだから、ゆっくり考えはったらいいですね。
僕、これからバスに乗るので、先に行きます。」
僕は頭を下げて、歩き出した。
10メートルくらい歩いたところで、
おじいさんの鼻声がひどかったなと思った。
そして、リュックサックにあるティッシュを思い出した。
僕は戻って、
おじいさんにティッシュを渡した。
「助かるわぁ。ありがとさん。
もうほとんどあらへんねん。でも、なんでティッシュがないってわかったんや?」
僕は、今度は立ち止まらずに、歩きながら振り返って答えた。
「勘ですよ。勘!、盲人の勘!」
おじいさんが、笑いながら答えた。
「ええ勘しとるわ!」
「ありがとうございます。」
僕も笑った。
そうです。
盲人の勘って、たいしたものなんです。
でもね、ええ勘してても、ぶつかることもあるんですよ。
(2013年11月3日)

色鉛筆のお知らせ

松永です。
このホームページを覗いてくださっておられる皆様に、
ご紹介したいものがあります。
僕達の仲間が動き始めようとしています。
是非、以下の案内を読んでいただき、
登録してください。

京視協発 メールマガジン「色鉛筆」創刊のご案内

京視協情報宣伝部より

「まだ見ぬ仲間へ声を届けたい」を大目標に掲げ、11月1日にメールマガジンを創刊することになりました。視覚障害を持った24人のライターが、それぞれの暮らしの一コマをカラフルにレポートします。

メールマガジン、メルマガとは、パソコンや携帯電話のE-メールを用いて、記事や情報を配信するサービスです。みなさんがお持ちのパソコンや携帯電話で受信して読むことができます。

月2回程度発行予定。見えない、見えにくい仲間が、肩のこらないありのままの言葉で語ります。当事者だけでなく、家族、医療関係者、支援者の方々、福祉を学ぶ学生さん等、どなたでも登録が可能です。

ぜひ、「色鉛筆」の読者登録をお待ちしています。

読者登録受付・お問い合わせ先

京視協事務所 担当 藤原 syomu2@nifty.com

誠実そうな声

午前中は、京阪淀駅の近くの小学校で、
PTAへの講演だった。
何とかなるだろうと、
一人で行ったのだが、
駅に到着して、トイレに行きたくなった。
知らない駅なので、構造などはまったくわからない。
僕は足音に向かって声を出した。
「トイレを教えてください。」
「少し遠いですが、このフロアにありますよ。」
声からして誠実そうな若い男性が、
足を止めてくれた。
そして、手引きで連れて行ってくれた。
朝の忙しい時間だったと思うが、
彼は気持ちよく手伝ってくれた。
多目的トイレに着いて、
僕は感謝を伝えた。
「お気をつけて。」
やはり、誠実そうな声だった。
講演の後、ホームページの読者という方と出会って、
一緒にランチした。
それから、午後の約束に間に合うように町家カフェさわさわへ向かった。
さわさわには、お客様の中に、ガイドヘルパー講座の受講生だった女性がおられて、
再会を喜んだ。
用事を終えて、
次の会議の場所への移動の準備を始めた時、
僕を待っている人がいることを、
スタッフが伝えてくれた。
さきほどの女性の学友だった。
僕がさわさわにいることを、
彼女がメールで伝えて、わざわざ来てくれたらしい。
僕の前に、誠実そうな若い男性が立っていた。
僕は、握手した。
短い言葉のやりとりに、
彼が、僕達にエールをおくってくれているのが伝わってきた。
見も知らぬ人達が、こうして応援してくださる。
人間って本当に素晴らしい生き物だ。
それにしても、誠実そうな声の男性、いいなぁ。
人は、自分にないものに憧れるが、
まさに僕はそうです。
誠実さが伝わる今日の二人の男性、
かっこいいなと思いました。
(2013年10月29日)